私にとってちょっとしたチャレンジだったのが、官能小説のサイトを開いてみることでした。それまでとても興味はありながら、中々開くことができなくて。。でも飛び込んでみてその居心地の良さにビックリ。可愛らしい雰囲気のサイトも凄く多くて、みんなイキイキと作品を書いてて、とっても賑やかなんです。私は読む方ですが、思い切ってコメントを残したりして少しずつ楽しみ方が増えてきています^^

たまにふと振り返る。本を読む、ということ。

ふと自分の読書人生を振り返ってみたときのことです。ほんの気まぐれに、自分の人生に最初に登場した本は何だったのだろう、と記憶を手繰ってみたのですね。そうしたら、気づいていたら本を読んでいた、としか言いようがないのでした。子ども向けの絵本、伝記、歴史マンガなど、など、など。今でも書棚に残っているものがたくさんあります。でも、最初の出会いは覚えていませんでした。あの本のような気もするし、この本のような気もする。近親に尋ねてみましたが、そんな細かいことは覚えていないとのこと。……残念です。もし覚えていたら、その時の感動や、ワクワクや、ドキドキを、しみじみと思い出しては、今でも感慨に浸れたのにな、と思います。本は面白いですね。その場に居ながらにして、色んなところに連れていってもらえます。時代も性別も年齢も関係なく、様々な人に出会えます。お姫様にもなれますし、騎士にもなれます。楽しみ方も色々あって、目が回るくらいです。人生を変えたような大事な本は、いつも自分の目の付くところか、バッグの中に入れています。これからもずっと一緒でしょう。表紙のキズの一つ一つに、ページのシミの一つ一つに、あのころの私が刻みこまれています。読み返す度に、思い出が一つ一つ、蘇ります。そういう本に出会うために、私は本を読んでいるのかもしれません。

いつまでもあなたたちを想おう。少女小説。

少女小説って、そのジャンルの対象者通り、年頃の女の子みたいにキラキラふわふわしていて、すてきですよね。優しい気持ちになりたいときに、選ぶことにしています。時に胸を切りつけられるような痛みを与えられることもあるのですが、そういう『年頃の女の子』特有の冷たさ、誇り高さ、残酷さが垣間見える点も含めて、私は少女小説が好きです。ロリコンみたいですかね?笑。そうそう、ロリコンといえばナボコフの『ロリータ』ですね。ロリータ・コンプレックスの語源になった小説です。なかなかエグくて、滑稽で、悲哀に満ちあふれていて、すばらしいです。話が脱線しました。ともあれ、少女小説は私にとって、かつて私が持っていたかもしれない、もしかしたらいつの間にか失ってしまったのかもしれない、あるいはまだ持っているのかもしれない、少女性というものがたくさん詰まった小説です。捨ててないんだから部屋のどこかにはあるはずなんだけど、いまいち場所の見当が付かない宝石箱のような……。時に優しく、時にまっすぐすぎて傷つき、時に反社会的行動すら厭わない……そんなヒロインたちを、傍からそっと見守るお姉さんのような心境で、微笑ましく思いながら読んでいます。すると元気が出てきて、明日もがんばろう、と思えるのです。

ずっと日課にしていること

毎日、一日一冊本を読むことを目標にしています。文庫やライトノベルなら結構1日で読めてしまったりするんですよね。読むのが早いとは昔から言われるんですよ。もちろん、ちゃんと内容は認識しながら読んでいますよ。どうして毎日読むのかと言うと、読み続けていないと読解力って落ちるんだそうです。たくさんの本を読んで、普段から文章を読むことに慣れておくといいんだそうです。文章を組み立てる力読み取る力はたくさんの文章に触れることで育つと新聞のコラムで見かけてから、毎日時間を作って読むようにしているんですよ。
最初のうちはライトノベルでも一冊読むのに2日も3日もかかってしまったんですが、何冊も何冊も読んでいるうちに一日で読めたり、調子が良い時は一日2冊読めたりするようになりました。早さを競っているわけじゃないので、あまりに早く読めてしまったときはもう一度最初から読み直したりするんですけどね。でも、そうやって毎日繰り返していると、本が足りなくなってくるんですよね…貸本も利用してみたんですが、何しろ仕事をしていると借りに行ったり返しに行くタイミングがなかなか合わなくて…。近所の古本屋さんと仲良くなったので、廃棄目前のふるーい本を安く譲ってもらえたらいいな~なんて期待しています。

苦手だった逆上がり

いつだったか新聞に入っていた広告に、逆上がりと跳び箱教室というものがあり、驚きました。逆上がりも跳び箱も、私は補習授業でできるようになったからです。小学生の時、校庭には逆上がりの練習をするためのボードがありました。鉄棒を掴んで、足はそのボードを駆け上がり、後ろにくるんと回るための勢いをつけるのです。授業の後先生や友達が熱心に教えてくれました。そして跳び箱は「この辺に手を置く」と何度も言われながら、やっとのことで四段を飛べるようになったことを覚えています。飛ぶ瞬間が怖いんですよね。そんな風にして覚えたものが、今は教室になってしまうんですね。体操教室ではなく、それ専門の習い事に。不思議な感じがしましたし、なんとなくさみしい気もしました。先生も友達も親も忙しくて、教えられないのかなと思ったりも。でもできない子がたくさんいる中で学ぶのならば、恥ずかしくなくていいですよね。友達と先生に囲まれての補講は小さいながらも結構恥ずかしかったですから。そういえば子供の時、逆上がりができない子供ができるようになる絵本も読みましたよ。それを見て自分も頑張ろうと思ったのです。私は、本にも先生にも友達にも恵まれていたということでしょうね。ありがたいことです。

何とかするために生きている

体調を崩してしまい、病院に行ってきました。昔は具合が悪いと「どうしてこんなことになるんだ」と思ったものです。しかし最近は考え方が変わってきましたね。「もっと重大な病気じゃなくてよかった」「きっと体を労われということなんだ」そう思うようになりました。もちろん体調不良は苦しいことですが、どうとらえるかで気持ちは結構変わるものです。私がこのような考えをするようになったのは、いつか読んだ本がきっかけです。ファンタジー世界のバトル物だったのですが、生きていれば何とかなるというのが、主人公の考え方の根幹なんです。それとは別の本で、こちらは自己啓発本ですが、人生の底を感じたら、あとは上がっていくしかないと書かれていました。昔、今よりもしんどいときがありました。そこがまさに底だと思っているので、少々具合が悪くても、今こうして働けること、好きなことができるということが、とても幸運なことのように思えるのです。動けるんだから大丈夫。笑えるんだから大丈夫。そう思えます。自分にとって当たり前の日常が過ごせること。それは絶対に幸せなことなんです。生きていれば何とかなる。本の世界だからこその言葉ではありますが、何とかするために生きているのだろうとは思います。

中学生の読書感想文

中学生の子供を持つお母さんと話す機会がありました。私が熱心に本を読んでいたためか、話は娘さんの読書感想文のことへ。今はその時期になると、課題図書用の本についての、読書感想文の書き方というドリルが販売されるそうです。しかも、女子が書きそうな文章とか区分されて載っているんですって。ただ先生も慣れたもので、ドリルにありそうな文章が提出されると「ああ、またこれか」といい点数はくれないと言っていました。そのため彼女は、ネットで読書感想文の書き方を検索し、娘さんに伝えたのだとか。普段本を読まない子に感想文は難しいのよ、と言っていました。私が子供の頃はドリルもネットもなかったので、本を読まない子もなんとか苦労して原稿用紙を埋めていました。課題図書の話をかみ砕いて友達に話してあげたこともあります。友達は私の話と、自分でざっと読んだ本をもとに、感想文を書き上げたのです。今はパソコンのキーボードを叩けば、大抵のことが調べられる時代です。情報が多いゆえに、色々なことのハードルが高くなってしまっているのかもしれませんね。ちなみに中学生の子供さんは、苦労をして本を読み、お母さんと一緒に作文を書き上げたそうです。お疲れ様でした、お母さん。

巨人の認識違いでした

なぜか会社の休憩室に、巨人について書かれた本がありました。とはいっても題名を見ただけなので、どんな内容かはわかりません。箱入りで厚いその本は、いかにも図書館の奥にありそうな雰囲気でした。「巨人なんていないよねえ。あ、でもダイダラボッチかいるね」私が同僚に言うと、同僚は不思議そうな顔をして「野球の巨人かもしれないよ」と。そっか、普通の人はその連想か!私、妖怪とか鬼とか、人ではない生き物が出てくる話が好きなんですよね。持っている本の中に優しい巨人(大きな人のほうです)が出てくるものもあるので、なんの違和感もなくそっちの巨人だと思ってしまいました。いやはや、びっくりです。でも本の雰囲気がね、さっきも書きましたけど、本当にそんな感じだったんですよ。ちゃんとした題名は忘れてしまったけど、かなり難しそうな印象は受けました。なんでうちの会社にそんなものがあったんだろう。大きな人のほうにしろ野球のほうにしろ、あれを読むのは相当コアな人だと思います。ちなみにダイダラボッチは民話に出てくる巨人で、沼とか湖とか作った話が有名らしいです。って実は、名前だけしか知らなかったから、今調べたんですけどね。知ったかぶり、よくないですね。ごめんなさい。

そっくりな詰め替えボトルが招いた不幸

生まれて初めて、ボディーソープとシャンプーを間違えました。髪を洗っていて「この匂いは違う!」ってなって気づいたんですが、もうびっくりです。最近、ボディーソープの詰め替え用の入れ物を新しくしたんですよ。それがシャンプーの物と同じ色だったんです。母がマジックで「ボデーソープ」と大きく書いてくれていたんですが、見ないで手にとってしまったんですよね。気づくのが頭につけてからとか遅すぎる……。ちなみに「ボデーソープ」となっているのは間違いではありません。「あ、小さいイ、書くの忘れちゃった」って母が言っていましたから。しかもその「イ」は書き加えられていません。もう数日はたっているはずなんですけどね。歯磨き粉と洗顔フォームとか、シャンプーとボディーソープとか。間違えて「しまった!」てなるのは漫画の中だけと思ってました。遅刻ギリギリで走って登校している高校生男子と女子が、曲がり角でぶつかって、「あ、ごめんなさい」って言った瞬間、恋に落ちるとの同じくらいありえない、みたいな感じです。次からはボトルに書いてくれてある文字をちゃんと見なくてはいけませんね。浴室内で眼鏡を外してしまう前に。また夜に一人、叫び声を上げるのはばかみたいですから。

お気に入りに囲まれた部屋の中で

本棚の片隅に、お気に入りの本を立てかけています。今は最近買ったまんがと写真集。それと勿体なくて読めないままの小説です。好きなものが視界に入る部屋って、幸せですよねえ。ちなみの本棚は父がつくってくれたもの。机もそうです。その前にある大きなコルクボードは、ホームセンターのお買い得品。お金をかけなくても、自分が安心する部屋って言うのは作れるもの……なんですよね。というのは、何度も読み返しているインテリア雑誌で知りました。家族や友人など、ごく近しい人しか入ることのない自分の部屋です。他人がどう思うかではありませんから、見栄を張る必要もないし、無理に誰が見てもおしゃれに感じる場所にする必要もない。要は、自分がいて心地良いか否かです。だから私の部屋は、本のほかにも俳優さんの写真やぬいぐるみ、はまっているお菓子などが、ちらかってるとは思えない程度に並べてあります。家族が見たら「それいつも食べてるよね」とか「それいつも抱っこしてるよね」とか言われるものばかり。大人の部屋とはとても思えないでしょうね。でも、いいんです。だってここは私の部屋。四畳半で狭いけれど大事なお城ですもの。そこで今日も私は、大好きなDVDを見ながら、休日を過ごしています。

憧れの国フィンランドのシナモンロール

ここ最近、フィンランドという国に憧れています。エアギター大会が行われて、サンタクロースが住んでいて、ムーミンも住んでいるフィンランド。そこが舞台の映画を見て、惚れこんでしまいました。とは言っても、「じゃあ遊びに行こう」とすぐに行ける場所でもありませんよね。なにせ外国ですし、北欧ツアーはあってもフィンランドだけのツアーはないし。私は英語もフィンランド語も喋れませんし。勉強すればいいんでしょうが、そこまではなあって気持ちがあります。要は本気度が足りないんでしょうねえ。というわけで、フィンランドを旅する番組があると、つい録画してしまいます。ついさっきも、録画したものを見ていました。いいですね、森に囲まれた土地。のどかで穏やかな町並み。自分の住んでいるところも多分ちょっと山の方に行けばそんな場所があるんでしょうが……。フィンランド。いつか勇気を出して行ってみたいです。もし行ったら。ぜひ今日見た話の中に出てきた、白身魚のフライを食べてみたいと思います。それと、顔の大きさくらいあるシナモンロール。甘いパンはあまり好きではないので、普段は食べないんですが、旅なら美味しく頂けそうです。それでもやっぱり甘くて、胃から体が溶けてしまいそうな気がしますけどね。