私にとってちょっとしたチャレンジだったのが、官能小説のサイトを開いてみることでした。それまでとても興味はありながら、中々開くことができなくて。。でも飛び込んでみてその居心地の良さにビックリ。可愛らしい雰囲気のサイトも凄く多くて、みんなイキイキと作品を書いてて、とっても賑やかなんです。私は読む方ですが、思い切ってコメントを残したりして少しずつ楽しみ方が増えてきています^^

見つけたのは新境地

ずいぶん前に入院したことがあります。少し元気になったら病室で寝てるのってほんと時間をもて余してしまいます。病院内の売店でいくつか小説を買って読んでも、時間がたっぷりあり過ぎてすぐに読み終わってしまうんですよね。それで、家からも何冊か持って来てもらったりしたから、ベッドの横には本が山積みに。そんな私の様子を見た看護師さんがこう言いました。「本が好きなんですね。でもあんまり長時間活字を読むのは今はまだ疲れちゃいますよ」って。そして「これならまだ負担が少ないから、もしよかったら読んでみて」って貸してくれたのはコミック漫画でした。かなりの冊数が入った紙袋を持って来てくれたんです。彼女の趣味は漫画を読むことなんだって。ふだん漫画を自分で買うことがない私は興味津々でした。ベッドの上でページをめくるとテレビを見ているような感じで頭に入ってきました。なんだか登場人物の声まで聞こえてくるような感じです。看護師さんの言うとおり、小説よりも疲れないのは確か。そしてかなり面白いんです。ストーリー展開もなかなか凝ってて笑えたり泣けたりします。そういえば、映画やドラマの原作がコミックってこともけっこう多いですものね。考えてみたら漫画家さんて、ストーリーを考えて絵を描いてセリフも考えるんだからスゴイですよね。感心しちゃう。漫画には、文章から自分なりに想像する小説とは違う、また別の魅力があります。たまにはイイかもって思いました。ちょっと新境地発見でした。

思い通りにならないもの

友人に占いに詳しい人がいます。詳しいというか、仕事とまではいかないけど趣味ではなく、どっちかというと副業のような感じです。彼女いわく、『占い』っていう言い方を普段はしてるけど、本当は方位学っていう学問?らしいです。そのうえ、手相や姓名判断なんかも合わせて考えるのです。友人たちからも時々悩み相談を受けているみたいなんだけど、女子会の時には大変です。女子はたいがい占いが好きですもの。私を含めてあんまり占いは信用しない派の人たちでも彼女には「見て!見て!」となってしまいます。
先日、その彼女と二人でランチしながら色んな話をしていたら、ちょっと手を見せてって言われて手相を見てもらいました。私の話を聞いていて少し気になったみたいで。全部を信じるわけではないけどアドバイスとしては聞くようにしています。けど次の日には忙しさに紛れて忘れてしまってることも多いんだけどね。でも、彼女が「これは簡単に書いてあるし参考になると思うよ」って手相の本を一冊プレゼントしてくれたんです。手相って占いとはちょっと違って、もっと現実的かもって思いながらパラパラと中を見ました。でもなかなか自分の手相とぴったりなのがなくて、本のイラストと自分の手を何度も見比べました。そして、これに近いかなぁなんて良い運命に当てはめようとしてしまいます。そういえば高校生の頃に雑誌で手相のページを見ていました。当時好きな男の子もいたし、思い通りの手相になりたくて、手のひらに割り箸を使って線を作ろうとしてたっけ。もちろん今はそんなことはしません。だって、その時に線の作成には成功していませんから。

すべての日が物語

何かイベントがあるとか旅行に行くとか友人と出かけるとか、そんな特別な予定がなければ、いつもと同じ朝を向かえて、同じように過ごして、また同じ夜を迎えています。さらっと言えばそうだけど、ちゃんと振り返ってみると昨日とまったく同じ日なんて一日たりともありません。通勤途中の見慣れた景色だってその日の気分しだいで違うものに思えます。いつも話している人のことだってその日初めて知ることもあります。すっと前に読んだ本だって読み返してみると全く違った感想を持つこともあります。私はそんな毎日の小さなことに気づいたり感動したりするのが大好きです。
学生時代は今よりもっとそんな感動を楽しんでいたように思います。授業中に先生の服装や髪形を見てクスクス笑ったり、校舎の窓から見える景色に何かを見つけたり、アルバイトでお客さんと交わす言葉を楽しんだり、なんて毎日いろんな事が起きるんだろうって思っていました。毎日ワクワクして自分でもビックリするほど楽しくて、寝る前には必ずノートにその日あったことを書き留めていました。そうなんです。毎日必ずその日の物語があるんです。だから大人になった今でも、電車の時間が迫っていてちょっと駆け足をしていたとしても、何気に空や木を見上げてしまいます。そして、そこに変わった形の雲を見つけたり、枝に小さな木の実を見つけたりすると、やっぱり今でも楽しくなってしまいます。

目薬のストックが切れて

いつも使っている、目の乾燥ケア用の目薬が切れてしまいました。かかりつけの眼科で処方してもらっているもので、運悪くその眼科の連休にぶつかってしまいました。まあ2、3日くらい何とかなるだろうと踏んだのでしたが、甘かったです。
小説を読む時やネットをする時など、私の場合はどうしても瞬きが少なくなりがちです。食い入るようにじっと見てしまう癖がついていて、意識して瞬きを増やそうとしても、10分後くらいにはころっと忘れてしまっている鳥頭です。そのため、あっという間に目が乾燥してしまいます。
目薬が切れて2日目、早くも眼球の表面がちりちりしはじめました。張りつめて痛いような感じで、苦痛で苦痛でたまりませんでした。休み明け、急いで眼科に駆けこみました。
そしてやっと処方された目薬を差した途端、ふんわりと消えてゆく違和感……。次にストックが切れそうになったら、もっと早めに行動を起こそうと思います。目が痛いと集中できません、何事も。
そういえば、そろそろ定期検診の時期でもあります。いつもの眼圧と視力に加えて、視野の状態を診てもらいます。ちょっと時間がかかるので好きではないのですが、これも長く趣味を続けるため。がんばります。

出来るだけありのままで

CDを買うと、パッケージにシールが付いていることがありますね。初回特典が付いている証だったり、何かのキャンペーンのPRだったり。このシールさえ捨てられずに、ハサミで切り取ってブックレットに挟んでいます。何かもったいない気がして……。今のところ何の役にも立っていませんし、これがあるから売却したとき査定額がアップした経験があるわけでもないのですが、気持ちは落ち着きます。
子供の頃は、そんな細かいことを気にする性格ではありませんでした。絵本だろうとコミックだろうと小説だろうと、カバーを外して捨てていました。つるつる滑るPP加工のものが心底嫌いでした。持ちにくかったんでしょうね、きっと。折り返しの部分が反ってゆくのも気にくわなかった覚えがあります。
年齢を重ねるにつれて、手に入れたものは出来るだけ購入当時の状態で保存しておきたいと考えるようになりました。どうしてそう思うようになったのかは分かりません。物持ちの良い友人の影響かもしれませんし、単純にこだわりが強くなっただけのような気も。
とりあえず、しっかりとカバーが付いたままのお気に入りの本がずらりと並んだ書棚は、見ていて満たされます。大切なコレクションです。

攻略本の情報量

ゲーム好きな友人から、とあるレトロゲーの攻略本を貸してもらいました。何でも、攻略情報を得るためのものとしてだけでなく、読み物としても優れているおすすめの逸品だそうで、家に帰ってからさっそくページを開いてみました。ちなみにそのゲームをプレイした経験はありません。
少し古風ではあるものの、美麗なタッチで描かれたキャラクターたちに、そのプロフィールなどが細かく付記されていました。こんなことまで設定してあるんだ、と少々驚いてしまいました。アイテムの説明などもとても面白かったです。とあるアイテムのイメージが私の大好きなファンタジー小説に出て来るとあるシーンだという記述を目にしたときには、もう後で絶対このゲームをプレイしようと思いました(笑)。
メインシナリオの前日譚や、ゲーム中では明かされなかったらしい裏設定などもみっしりと詰めこまれていて、プレイしたことのない人間でもその濃さに思わずため息が出るほどでした。攻略本にはこういうものもあるのですね。子供の頃に買ったものが「続きは君の手で確かめてみろ!」系ばかりだったので、正直友人のセールストーク付きであっても半分疑っていました。ごめん友人。
レトロゲーということで、今ならダウンロードして遊べるようです。ちょっとやってきます。

久々に会った親戚の子

久しぶりに会った親戚の子供がいました。最後に会ったのは赤ちゃんの頃だったのですが、すっかり立派な高校生になっていました。私自身は彼のことを覚えていても、彼の方ではさっぱりだったようでした。赤ちゃんの頃の記憶なんてそんなものですね。
そして何気ない雑談の中の若さに衝撃を受けました。たとえばデジカメの話。カメラ女子なんて言葉がもてはやされたのも今は昔、今ではスマホ内蔵のものの方がずっと性能がよくなってしまって、デジカメなんて久々に見た……と言われました。その日は親戚がたくさん集まっていたので、たくさん写真を撮っていたんです。
私が、○年前の若かりし頃、初めてデジカメを手に入れた時のあの喜びを語ったところ、信じられないという顔をされてしまいました。面白いものですね。いずれ同じ目に遭うんだぞー、と冗談交じりに脅してみたところ、若さあふれる笑顔で「あ、そういうのいいんで」ですって。なかなか生意気でよろしいです。
そして別れ際、お小遣い入りのポチ袋を取り出した途端、態度が露骨に変わるわけです(笑)。生意気盛りになっても、かつてのかわいい面影がひょいっと出てくるから困ったものです。ラノベ好きのようなので、次の集まりではその話が出来れば良いなあと思っています。でも今はブームの移り変わりも早いから、やっぱり返り討ちにされてしまうのかも?

バージョンアップが間に合わない

車で移動する際、紙の地図ではなくナビゲーションシステムを使うのが当たり前のように感じていたのですが、万能に思えたナビも、場合によっては残念なことになるのですね。エスニックジョークか何かで、ドイツ人はナビに「進め」と言われたら前方が壁だろうがトイレだろうが迷わず突き進む……といったものを聞いたことがあります。先日、遠方に住んでいる親類の家に出掛けた際には、ナビ上に表示された地図の川を飛び越えてしまいました。
どうやらその辺りは再開発が進み、どんどん新しい道が出来ているようなのです。そのため、マップのバージョンアップが間に合わず、こんな不思議なことになってしまったようです。住所のデータを入れて、後は案内された通りに突き進めばよかったはずが、道中に新しい道がいくつも挿入され、交通事情が変わったためか、いつまで経っても目的地に着きそうにありませんでした。結局、紙の地図を助手席の家族に見てもらいながら走った方が効率が良かったです。
そういえば、機械に記憶を預けていると、健忘症に似た症状が引き起こされる……という話がありますね。私も、ナビに頼るようになってから、道を覚えようとはしなくなりました。いずれは何でも、例えば読んだ小説の内容なんかも、どこかの記憶媒体に預けるようになるのかなあと思うと、ある意味忘れなくなって良いような、悪いような……。

ピアノを習っていた頃のこと

思い出の詰まった物を捨てる時って、勇気が要りますね。でもいざ収集車に持っていかれてしまうと、何だかすっきりとした気持ちになります。先日もそのようにして、ピアノの楽譜を捨てました。ほとんどまともに身に付きはしませんでしたが、子供の頃から習っていたんです。小説と同じくらい古い趣味です。本当に懐かしいです。最初は楽しんで弾いていたんですが、長じるにつれて色々な要因が重なり辛くなっていったことも、辞める時は辞める時で大泣きしてしまったことも、とても良い思い出です。
当初は捨てるつもりなど毛頭なかったのですが、母がふと、私の部屋の収納ボックスから漏れた楽譜を手に部屋に現れて、「これ、もう捨てちゃって良いよね?」と問いかけてきた瞬間に、壁のようなものがふっと崩れたのを感じました。
手放す前にアルコールで埃などを拭っていると、色んな思い出が蘇ってきました。楽しかったことも、悲しかったことも。また泣いてしまって、そこを家族に見られたのが少し恥ずかしかったです。
我が家から楽譜が消えて数日後、壊れた家電を買い換えに電気店に赴きました。そこで、電子ピアノの陳列コーナーがふと目に止まり、○歳の時に発表会で弾いた曲を何とはなしに弾いてみると、楽しい気持ちだけが蘇ってきました。また始めても良いかなあ、と素直に思えました。

GIF画像で笑いを

ちょっと心が疲れたなあという時、インターネットで猫のGIF画像を探します。動画よりも短いので、ざっと流し見するのにもちょうど良いのです。ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめるニャン、百烈拳かという勢いでネコパンチを繰り出すニャン、専用戸口にラップが張られているのに気付かず突撃してぶちゃいくになってしまう子猫……どの子もとてもかわいいです。
GIFといえば、猫に限らず面白い物がいっぱいありますよね。たくさんまとめられているサイトなどはついブックマークに入れてしまいます。重いのか、表示に時間がかかるのが難点ですが……。
たくましいお兄さんが絶妙な笑顔を浮かべて肩を揺り動かしていたり、ブランコを漕いでいるお兄さんの真下に長い柄のついた熊手を突き刺して激痛を与えたりと、関西人でなくても突っ込みたくなるようなもの、大好きです。ツボにハマるといつまででも笑ってしまいます。テンションが上がりがちな真夜中だとなおさらです。
夜、ちょっと小説を読む気にはなれない時などに、重宝しています。いまいち小説の世界に没入できない時なども同様です。笑うって本当大事ですね。淀んでいた気持ちがさっと晴れて、リフレッシュ出来ます。抵抗力が上がるという話も、分かる気がします。